Chapter 1: The Loom

丹後の記憶とデジタルの接続

かつて丹後の織物工場(こうば)で、職人の手足となって働き続けてきたその織機。

木と木が擦れ合い、トントン、と穏やかなリズムだけを刻む、木製の「手機(てばた)」。 職人の呼吸に寄り添い、この地の湿気を含んで静かに時を重ねてきたその道具は、時代の変化と共に役目を終え、ひっそりと眠りについていました。

私たちはその「丹後の記憶」を救い出し、今の工房に据え直しました。 それは、単なる復元ではありません。

着物幅(約38cm)しか織れなかった構造を解体し、洋服地に対応できる「110cmの広幅」へと大改造。さらに、頭上には電子ジャカード装置を搭載し、紋紙データを制御できるようにしました。


これにより、数千本の経糸(たていと)は、一本単位でデジタルの管理下に置かれます。 しかし、それを織り上げる動力は、あくまで「人の手と足」です。

コンピューターは、複雑な図案を瞬時に指令する「頭脳」として。 使い込まれた木製の躯体は、人の身体を優しく支える「骨格」として。 数値制御と身体感覚のハイブリッド。

ここにあるのは、自動化ではありません。 テクノロジーによって、人間の10本の指の力をエンハンス(拡張)し、手仕事の限界を超えた景色を描き出すための、世界に一台だけの装置です。

Chapter 2: Forming Weave

未裁断の美 (Beauty of the Uncut)

なぜ、多くの服は、四角い布を切り刻んで作られるのでしょうか。 ハサミを入れるたび、糸は切断され、多くの「ゴミ」が生まれます。

私たちは考えました。 「切る」のではなく、「最初からその形で織ればいい」と。

〈Forming Weave〉は、ジャカードの開口運動をプログラムで制御し、織機の上で衣服のパーツをその形のまま織り上げる技法です。

経糸と緯糸(よこいと)の交差密度を変化させることで、平面的な布の中に、ダーツや曲線といった「構造」を直接織り込みます。糸が布になり、布が服になる境界線はありません。

袖を通したとき、肌に触れるのは、裁断された断面ではなく、織り完結した「耳(Selvedge)」の優しさ。 糸を一本も無駄にせず、自然への敬意をそのまま形にする。 それは、丹後の着物文化が大切にしてきた「お誂え」の精神の、現代における再構築です。

Chapter 3: Color Library

ここにある色は、絵の具のようにチューブから出したものではありません。
工房の畑で土を耕して育てた植物や、丹後の山々に入り、自らの手で採取した木の実。

その年の日照時間、雨の量、採取した時期。
そして、「媒染(Mordant)」という化学反応。
偶然と必然が重なり合って生まれた、二度と同じものはない「季節の記憶」の標本です。

  • 1. Yashabushi (夜叉倍子 / ヤシャブシ)

    • The Story:
      丹後の山々に自生するハンノキ科の植物。
      夏の強い日差しを浴びて実ったその実を、秋の初めにひとつひとつ手作業で採取します。
      煮出した鍋から立ち上る湯気は、森の土のような、力強い香りがします。
    • The Fact (化学の視点):
      ヤシャブシの実には、多量の「タンニン酸」が含まれています。これは本来、植物が身を守るための渋み成分です。
    • Iron Mordant (鉄媒染の実験):
      このタンニン酸が、水に溶けた鉄イオンと結合した瞬間、液体は劇的に黒変します。 布に定着すれば、紫みを帯びた深いグレーに。それは情緒的な表現ではなく、物質同士の結合が見せる物理現象です。
  • 2. Indigo (藍)

    • The Story : 工場の畑で、種から育てたタデ藍。夏の日差しを浴びて育った葉から青い色素をいただきます。
    • The Fact (化学の視点) : 藍の色素「インディゴ」は、そのままでは水に溶けません。アルカリ性の溶液の中で還元させることで、初めて繊維に吸着可能な状態となります。
    • Oxidation (酸化還元の実験) : 甕(かめ)から引き上げた瞬間は黄緑色ですが、酸素と結合(酸化)することで再び不溶性の青色色素へと戻り、繊維の中に閉じ込められます。空のような水色から、深海のような濃紺(留紺)まで。色の層(レイヤー)は、この化学反応を繰り返した回数の記録です。
  • 3. Safflower (紅花)

    • The Story:
      刺々しい葉の中に秘められた花弁。その色素の大半は黄色であり、古来より人々が求めた「真紅」は、わずか1%しか含まれていません。
      真冬の冷たい水で何度も花を洗い、黄色を捨て去った後に残る「紅(べに)」。それは歴史的にも金に匹敵するほど珍重されてきた、高貴な色素です。
    • The Fact (化学の視点):
      紅花には、水溶性の黄色色素(サフラワーイエロー)と、不溶性の赤色色素(カルタミン)が混在しています。
      黄色を洗い流した後、アルカリで赤色色素を溶かし出し、そこに酸を加えて中和することで、わずかな赤色色素だけを結晶として「沈殿」させ、抽出します。
    • Alum Mordant (アルミ媒染の実験):
      沈殿させた貴重な色素を、ミョウバン(アルミ)の力で絹に定着させます。
      アルミと結合した紅花の色は、燃えるような赤ではなく、透き通るような陽の光の色(ピンク〜朱赤)へと発色します。

Loving the Noise.

植物染料は、化学染料のように均一ではありません。 粒子が粗かったり、色が揺らいだりします。

しかし、私たちはその不均一さを「ノイズ」と呼び、愛しています。 自然界に直線が存在しないように、揺らぎこそが、生きている証だからです。 光の下で複雑な表情を見せるこの衣を、あなたの皮膚として纏ってください。